細胞を元気にする物質「ポリアミン」の基礎知識

2013年、科学誌『Cell』の総説(※1)に、「アンチエイジングに効果が認められる7つの生体への介入(食習慣や物質)」が掲載されました。その中の1つに、ポリアミンの一種であるスペルミジンという物質が含まれています。
腸内細菌が産生するポリアミンを利用した健康寿命伸長食品の研究開発を行う松本光晴さん(協同乳業株式会社研究所技術開発グループ主幹研究員)によると、この物質は「非常に多くの生理機能があり説明が難しいのですが、ひとことで言うならば『細胞の元気さを維持する物質』 という表現が最適ではないか」と言います。しかし、「ポリアミンをつくる能力および、臓器・組織中の濃度は、成長後は加齢とともに低下していく」 と言うのです。
人生100年時代を過ごす私たちの、健康のカギを握るポリアミンについて紹介します。

ポリアミンが、健康寿命を延ばす!

最近の研究結果から、ポリアミンには健康寿命を延ばす効果があることがわかってきました。それは、老化に伴い発生リスクが高まる、さまざまな病気や疾患の予防にも期待ができるということでもあります。松本さんは次のように解説します。

「ポリアミンと称される化合物の発見は非常に古く、科学的記述としては、顕微鏡を用いた微生物研究の祖として著名なレーヴェンフック博士が1678年に精液中から結晶体として発見したものが最初となります。ただし、この化合物名が決定されたのは、その約250年後の1920年代で、スペルミンと命名され正式な構造が決定されました。その後、1950年代からスペルミジンやプトレッシンも含めポリアミンとして、生化学的・生理学的研究が盛んに行われてきました。最近では、我が国と欧州を中心に、ポリアミンと健康寿命との関連性の基礎的研究から応用研究が実施され、ホットな分野となりつつあります。そうした新しい研究から、正常細胞の老化抑制(正常機能の維持)作用を介した「健康寿命伸長効果」、すなわち、細胞の老化により生じる、動脈硬化症を含む心血管系疾患、認知症、がん等の予防が期待できることがわかってきました」

ポリアミンはいったい何? 生体内でどんな働きをする?

ポリアミンとは、「プトレッシン」「スペルミジン」「スペルミン」などの総称で、全生物種の細胞に含まれており、細胞の成長や増殖をはじめ、細胞の生命活動に関与している物質です。すなわち、ポリアミンは細胞の状態を正常に保ち、生命活動を維持するのに欠くことのできない重要な存在です。しかし、ポリアミンをつくる能力および、臓器・組織中の濃度は、生体の成長後は加齢とともに低下していきます。

「ヒトの場合、ポリアミン生合成や生体内濃度は18~20歳頃を境に徐々に減少します。私は、このポリアミン生合成能力の低下が、老化のスタートと考えています。従って、生体内ポリアミン生合成能力および濃度が、20代から30、40、50代と徐々に減少し、60歳前後になり、ポリアミン濃度が細胞の正常性を維持できなくなるレベルまで減少すると細胞機能が破綻し、さまざまな機能障害が体に発生し、生活習慣病や老年病が発症するリスクが急激に上昇すると仮説を立て、研究を進めています」

興味深いことに、これを裏付ける、30代から100歳以上の方までを対象とした血中ポリアミン濃度を測定した先行研究が存在します。

「この報告では、60~80代の血中ポリアミン濃度は、30~50代より著しく低いと共に、90代~100歳以上の方のそれは、60~80代より高濃度で、むしろ30~50代の濃度に近い値を示していました(※2)。私は、この結果は、ポリアミンが長寿に関わっていることを示唆すると共に、60~80代の時に血中ポリアミン濃度が高いヒトが生存して90代から100歳以上の長寿者となっていると推測しています」

言い換えれば、生体内のポリアミン濃度を高いレベルで維持できれば、老化によって引き起こされる病気や疾病のリスクを下げる(未病状態を維持する)ことができると考えられます。最近、このような発想で実施された面白い研究成果が世界中で報告されています。

加齢によるポリアミン不足は解消できる!

前述したように、ポリアミンは細胞内でつくられますが、加齢とともにその生合成能力が低下していきます。それでは、細胞内のポリアミンを増やすにはどうしたらよいのでしょうか。「自分の体内で作るポリアミン(内因性ポリアミン)が減ったら、生体外からポリアミン(外因性ポリアミン)を摂取すれば補充できるのです。外因性ポリアミンには、食事由来のポリアミンと、腸内細菌が産生するポリアミンがあります」と松本さん。これら外因性のポリアミンを増やす方法を解説します。

1 ポリアミンを多く含む食品を摂ること
食品に含まれるポリアミンは、小腸で吸収され血液によって全身の細胞に運ばれます。ポリアミンを多く含む食品には、大豆、小豆、しいたけ、マッシュルーム、ピーマン、エンドウ(グリーンピース含む)、トウモロコシ、オレンジ等の柑橘類、小麦胚芽、ピスタチオ、ブルーチーズ(プロセスチーズには微量)、サザエやバイ貝(特に内臓)、たらこ、いくら、牛モツ(腸)、鶏レバーなどがあります(※3)。これらを意識して食事に組み込めば、ポリアミン摂取量を増やすことができます。

2 腸内細菌のポリアミン生合成を促進する食品を摂ること
腸内細菌によるポリアミン生合成を促進する成分が含まれた食事を摂ることで、腸内ポリアミン濃度を上昇させて、生体への供給量を増やすことができます。

「我々の研究で腸内細菌は、プトレッシンとスペルミジンを産生していることが確認されています(※4)。しかし、棲息している菌種は個人差が非常に大きく、加えて腸内細菌の餌となる我々の食事成分も個人差が大きいため、必然的に腸管腔内のポリアミン濃度も個人差が非常に大きいです。ヒト大腸内で最優勢ポリアミンであるプトレッシンを例に挙げると、濃度が高いヒトと低いヒトで約1000倍の濃度差があります。大腸内プトレッシン濃度が高いヒトは、腸内細菌由来ポリアミンをたくさん体内に補充することができますが、濃度が低いヒトは、腸内細菌由来ポリアミンで体内ポリアミンを補充することがほぼ不可能であることを示しています」

これまで、腸内細菌ポリアミンの生合成を促すのは、簡単ではなかったと言わざるを得ません。しかし、松本さんらの研究で、ある物質とビフィズス菌を一緒に摂ることで、多くのヒトで個体差なく腸内細菌のポリアミン生合成を高めることが可能になりました(※5)。

「腸内細菌叢のポリアミン産生をほとんどのヒトで上昇させる技術を創出し、生体にポリアミンを安定的に補充する食品の開発に取り組みました。約20年間におよぶ研究で、アルギニン(アミノ酸の一種)と、ビフィズス菌(特にLKM512菌株)を併用摂取することで、腸内ポリアミン濃度をほぼ全てのヒトで上昇させる技術の開発に成功しました。さらに、最近、この技術を応用したヨーグルトを用いたヒト効果判定試験で、狙い通りに腸内(糞便内)プトレッシン濃度を高めると同時に、血中で生理活性の高いスペルミジン濃度の上昇が確認されました。これは腸内プトレッシンが吸収後、生体内でスペルミジンに変換されていることを示しています。(※6)」

協同乳業では、このアルギニンとビフィズス菌LKM512を含むヨーグルトを今後発売する予定です。老化現象の発生を抑える物質・ポリアミンを増やすため、日々の食生活を見直してみませんか。


※1 de Cabo et al. Cell 157: 1515-1526, 2014
※2 Pucciarelli et al. Rejuvenation Res. 15: 590-595, 2012
※3 Nishimura et al. J. Biochem 139: 81-90, 2006;Nishibori et al. Food Chem 100: 491-497, 2007
※4 Matsumoto et al. Sci Rep 2: 233, 2012
※5 Kibe et al. Sci Rep 4: 4548, 2014 ; Kitada et al. Sci Adv 4:eaat0062, 2018
※6 Matsumoto et al. Nutrients 11:1188, 2019

松本 光晴(まつもと みつはる)

協同乳業株式会社研究所技術開発グループ主幹研究員。信州大学大学院農学研究科生物生産科学専攻修士課程修了。農学博士(岐阜大学大学院連合農学研究科、論文博士)。腸内細菌由来ポリアミンを利用した健康寿命伸長食品の開発を行う。


   
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